大体未定

僕は、いわゆる「怪」と呼ばれるものだ。

「怪」は息を吐くように生まれて、息を吸うように消える。そんな曖昧な存在。

山のような霊力の高いところにしか存在できない、神様が妖や、幽霊や、はたまた新しい神様を作った時についでにできる、残りかすみたいなやつら。誤差みたいなやつら。

それでも僕は、生まれて、そして___

 

 

 

 

みーん みーん

蝉がうるさい。

僕は暑さなんて感じない存在なはずなのに、つい暑いと思ってしまうほど今日も太陽様は絶好調だ。

と、いうか。

「僕はいつまでハナのこと背負ってなきゃいけないわけ?別に疲れるわけじゃないからいいんだけどさ、いい加減歩きにくいんだけども。」

「・・・なんか、今日、歩くの、めんどく、さい。疲れた。」

「疲れとかそーいう感覚が僕達にあるはずないでしょーが。もういい加減降りろよ。」

「・・・ちぇー・・・。ソラのケーチ。・・・疲れないん、だったら、別に、いいじ、ゃん。」

「・・・お前今音にできない位置で句読点打たなかった?」

「・・・え?気のせい、じ、ゃない?」

「気のせいじゃないし。じゃ、を”じ”と”ゃ”に区切るとか何、どんだけ高等技術使ってんの。活字だからって自由なことすんなよ。」

「・・・ちぇー・・・。ソラのケーチ。」

「ケチも何もありませんー。まったく。」

途切れ途切れで話すこの女性(と呼んでいいものか迷うが)はハナ。

昔話に出てくる老婆みたいなしわがれた声で、ませた幼女みたいな喋り方をする、見た目は完璧に20代OLみたいな、なんか色々とぐちゃぐちゃなやつ。

僕達には名前がないけれど、ハナはお花の神様だから僕はハナのことをハナと呼ぶ。

ハナはなぜか僕のことをソラと呼ぶ。

「だって、あた、し、空が一番好き、だから。そんで、ソラの、こと、好き、だから。だから、ソラは、ソラ。」

ありがたい話だ。まったく。

 

 

 

 

「あれ?こんなとこにお屋敷なんてあったけ?」

「ずっと、ずっと前から、あるよ。なんか、巫女さんとか、そういう系統のおうち。」

「ふーん。気付かなかったなぁ。やっぱり新しい散歩道には色んな発見があんね。でもさ、巫女さんなのにアンチ神様ですって感じがすんだけど。なんで?」

なんか、僕達を拒んでる雰囲気を出してる。

「あ、ここ、は、ね。すっごく、力が強い、んだけど、そのかわり、すっごく、体、が弱い血筋なんだって。だから、ここの人た、ちの中には、外気とかに触れ、たらすぐ死んじゃうひと、が結構、いるらしい、よ。だから、もう、神様とか、妖、とか、感じたら、ちょっと、矛盾してるけ、ど、消えちゃうんだって。」

「神様や、妖怪と仲良くするのが巫女の仕事なのに?」

「うん。でも、このお屋敷の中、から、だったら、大丈夫だから、お屋敷の中から、私達に、色々、してくれる。ちょっと、不思議だ、けど、良い人達、だよ。」

僕は興味ないから全然知らないけど、ハナは良い神様だからこういう事情にはすごく詳しい。

この山は神様の生まれていく土地らしくやたら神様が大量発生している。だからなのか、神社やら巫女の旧家だのもやたら大量発生している。

池袋のコンビニ競争区に近いものを感じるくらいにやたら大量発生している。

「誰か、いるの?」

「え?」

ちょっと、待て。いきなり誰だよ。

ていうか、なんで僕達の声聞こえてんの。普通の人間には見えないし聞こえないし、触れないはずなんだけど。

・・・あ。

ここ、巫女さんの家なんだっけ。

 

 

 

 

「こんな山奥に人がいるなんて珍しい。」

「人っていうか、まぁ、人?」

「あ、もしかして神様?」

人に疑問符をつけて返答しただけで神様だと思うなんてさすが巫女さん。割と普通の子にまぎれてたらただの電波ちゃんだよね。

「んー。神様じゃないよ。”怪”。わかる?」

まぁ、巫女さんだし自分の身分を明かしたところで特に危害はないだろうと信じて言ってみる。

やべぇ、これでいきなり「死ね!」とか言われたらどうしよう。傷つくなぁ、それは。

(まぁ、なんだっていいんだけどさ。)

「ふーん。”怪”なんだぁ。」

リアクションうっすー。

「うん。”怪”。」

無駄に繰り返してみる。

「あのさ、外の景色って、どんななの?」

あ、僕のことにはもう興味はないんですね。聞いておいて。・・・コイツ、絶対コミュ障だろ。

「んー?普通?」

「具体的に。」

「んー・・・。なんかね、山ーって感じ。」

「ふーん。」

おい、これでいいのか。これで納得なのかよ。・・・えー・・・。

「ねぇねぇ、”怪”がいるってことはさ、神様って、本当にいるの?」

「おっとー、巫女さんとしては結構危うい質問じゃないのーそれ。・・・まぁ、ね。いるよー?まぁ、具体的にいうと僕の隣に。」

「ほんと!?」

おやおや、僕の時とずいぶんと反応が違うじゃないっすか。まぁ、仕方ないけど。僕は神様の残りかすだし。

「よかったー。ほんとにいたんだぁ。」

「私達は、いる、よ。ちゃん、と。ごめん、ね。不安になる、よね。見え、ないもんね。わかんな、いもん、ね。」

神様は無礼な質問にも優しいなぁ。やっぱり、そんなこと言ってると神様が怒りますよなんて脅し文句は嘘だと思うんだよね。

少なくともハナは怒んないし。

「うん。不安になってたよ。」

この巫女さん本当に無礼だな。やっぱこいつコミュ障だろ。

「見えないのに、わかんないのに、なんでこんなに私は頑張らなきゃいけないんだろうなーとか。中学生みたいなことで悩んじゃうくらい。」

中学生はそんなことで悩まないと思うんだけど。

「でも、今、いるって言ってくれたから。私は、もう生きていける気がするや。」

大袈裟だな、って。笑いたかったけど。でも、なんかその声が死にたそうで、泣きそうで、でも、笑ってて。どうすりゃいいのかわかんないくらい、苦しそうで。

よく考えたらこいつは生まれた時から見えないもののために頑張ってるわけで。わけわかんないのに、いるかどうかわかんないもののために頑張ってるわけで。

僕達にしてみたら神様は身近な存在だけどこいつにしてみたら全然身近なんかじゃない。

不安で不安でたまらなくなっても、多分頑張ることしかできなくて。

でも今やっと、自分がしてたことに意味があったんだって、ちゃんと知ることができて。

僕達はただの嘘吐きかもしれないのにこいつはそれでも信じたいくらい、不安なんだろうなって。

これは全部僕の憶測なんだけど、そんなことが伝わってきて。

あーあ。

泣きたくなってしまった。

「ありがとう。」

そういった、こいつの声はもう、泣いてて。

この一言だけで、僕は、僕は、

 

彼女に恋をしてしまった。

 

 

 

 

「ハナ、あのさ。僕があのお屋敷んなか入ったらどうなると思う?」

「・・・ソラも、消えて、あの、お屋敷の、なか、の、何人かも、消える。・・・多分、あのすみれっていう、女の子、も。いくら、あそこの、力の強い血筋でも、さすがに、私達と話せる、ほど、力、の、強いひとは、あんまり、いないし。」

あれだけ巫女としての力が強かったら、僕みたいな存在がはいりこんであのお屋敷の結界を壊してしまったらほぼ確実に死ぬだろう、と。

「・・・そっか。」

「・・・ソラは、あの、女の子のこと、好きになっちゃったんだね。」

「・・・うん。・・・会いたい、なぁ。」

まさに、なっちゃった、だ。会いたい。顔が見たい。触れたい。

でも、そんなことしたら、あいつは、あいつは、消えてしまうから。

僕が消えるのは良いけど、あいつに触れて消えるなら本望だけど、僕のこんなわがままであいつを消えさせるなんて芸当僕にはでっきこない。

「でも、わかって、ると思う、けど、あの中に、入っちゃ、だめだ、よ。」

「わかってるよ。すみれを消えさせるなんて、僕がするわけないじゃないか。」

「・・・そう、じゃなく、てね。ソラが、消えちゃう、から。」

「え?」

「ひどい、言い、方かも、しれな、い、けど。神様失格、だと思う、んだけど。あたしは、正直、あのお屋敷の、人達、が、消えるよ、り、ソラが消える、方が、悲しい。」

自分のために頑張ってくれてるあのおうちの人たちには申し訳ないんだけど、そういってハナはなんだか泣きそうな顔をした。

神様として、自分のために頑張る人を必死で救おうとしてるハナにしてはありえない発言で。

”神様”としてはありえない発言で。

でも、それだけ僕のことを大切に思ってくれてるんだってわかって、僕は泣きたくなってしまった。

こんな、残りかすにそんなに優しいこといってくれるハナはやっぱり神様だ。

僕は残りかすなのに。誤差なのに。

優しすぎて、苦しくて、僕は、なんだかちょっと死にたくなってしまった。

「ソラは、いつ死んでも、いい、みたい、な、こと、すぐ言うから。・・・不安にな、る。」

「だって、僕は・・・。」

僕は「怪」だから。正直今話しているこの瞬間にだって消えてもおかしくないような存在なんだ。いつ死んでもいい、なんて気持ちじゃないとやってけない。というより、僕達「怪」は基本的に”生きる”ことに対する執着心がもともと薄く生まれてきていると思う。

自分でも気付かないうちに、僕達は、本当に何気なく死ぬのだから。

「ソラが”怪”なのは、わかってる、し、あたしは、ソラが、今この瞬間、にでも、消える、そんな覚悟は、してる。・・・でも。お願いだから、お願い、だから。自分から、わざわざ死んだり、するのは、やめて。ソラは、本当に、しそう、で、怖、い。・・・こんなの、あたしのわがまま、だけど、”怪”じゃない、”神様”な、あたしが言って良いことじゃ、ないけど。でも。・・・・・・ごめ、ん。」

ハナが僕に初めて言った、”わがまま”だった。

でもごめん、ハナ。僕はやっぱり自分のことはどうでもいいし、ハナやすみれを助けるためなら僕は喜んで死ぬよ。ううん、誰かを助けるためじゃなくても、「死ね。」って言われたら死んでも良いくらいの気持ちでいる。

だけど、僕がそんなことをしたらハナが泣くんだったら、僕の大切な”神様”が泣いてしまうんだったら。

僕は、これからは、ほんのちょっとだけだけど、もうちょっと頑張って、”生きたい”と思うよ。

 

 

 

 

「どうしたの、すみれ。こんなに寒いところにいるなんて珍しいね。」

「つばめ。・・・私ね、神様と、話したの。」

「そっか。よかったね。どの神様?」

「お花の神様。そう、私が仕えてる神様。嬉しくって、嬉しくって、なんだか、泣いちゃいそう、だなぁ。」

私達は仕える神様に属している名前がつけられる。

私はすみれだから、お花の神様。

つばめは、鳥の神様。

でも本当、神様と話した、なんて言葉をすぐ信じてくれるあたりやっぱりこの人はここの当主様なんだと思う。

この家でも神様と会えるほど力の強い人はごくわずかで、だけどそういう人は会ったら消えちゃうから、たいていの人は話したことがあるだけ。私も、面と向かって会ったら、多分消えちゃう。

でも、つばめは歴代の当主様のなかでも力が強いらしくて、力が強すぎてお屋敷の外に出たり神様に会ったりしてもある程度までなら力のおかげでなんとかなるらしい。かなり消耗するみたいだから滅多にできないけど。だから、つばめは今までにほんの数回だけど神様に会ったことがあるらしい。羨ましい。

(ほんとに、矛盾した力。)

力のせいで、消えちゃうのに、力のおかげで耐えられる、なんて。馬鹿みたい。

「・・・お花の神様って女の人だっけ。会ったことないからよく知らないけど。」

「あぁ、なんかお花の神様おばあちゃんみたいな声だったよ。喋り方は小さい女の子みたいだったけど。いやさ、最初はただの嘘吐きかもしれないってちょっと疑ったけど、やっぱり神様は神様って感じだね。多分本当に神様。神様としか言いようのない神様だった。」

「疑うなよ、無礼だなぁ。」

「ちょっと最近ナーバスになっちゃってさー。でも、そんな時に話せるなんて神様は優しいねぇ。」

(本当に優しいのかなんて知らないけど。でも優しいって信じないとやってけないし。まぁ、でもハナさま・・・さんは本当に優しかったな。)

様付けなんて照れるからせめてさん付けにしてくれないか、だなんて。・・・本当に、死にたくなるくらい優しい神様だった。

「・・・もしかしてすみれはさ、お花の神様に恋をしちゃったの?」

「へ!?何で!?えー、男のくせにすぐコイバナしたがるとかつばめキモい。つばめの方が神様に無礼。」

「辛辣だなぁ。・・・だって、すみれの顔がなんか、恋してる顔だったから。恋してるのになんか辛そうで諦めてる顔。」

「えー、そこまでわかるとかやっぱりつばめキモい。」

「生まれた時からずっと隣にいたらそれぐらいわかるよ。ていうか、ほんとに恋しちゃったんだ。」

「・・・ううん、違う。お花の神様、じゃなくて、お花の神様と一緒にいた”怪”に、わかんないけど、多分、恋、しちゃったんだと、思う。」

まさに、しちゃった、だ。会いたい。顔が見たい。触れたい。

でも、そんなことしたら、私は、私は、消えてしまうから。

「怪」は本当に不確かな存在だって言うから、もしかしたらソラも消えてしまうかもしれない。

私が消えるのは良いけど、あの人に触れて消えるなら本望だけど、私のこんなわがままであの人を消えさせるなんて芸当私にはでっきこない。

「そっか、そりゃ、絶望だ。」

「辛辣だなぁ。」

「事実、だからね。多分、会ったらお互い消えるんじゃないかな?」

「わかってるよ・・・。」

正論しか言わない私の許婚は、自分には関係ないことなのにちょっと泣きそうな顔をした。

(意地悪なくせに、優しいやつ。)

ほんとにこういう優しさは辛い。

・・・なんだか、苦しくなってしまった。

 

 

 

 

その夜、あたしは一人であのお屋敷に行ってみることにした。別にあたしが言ったって、ソラの恋心はどうにもなんないし、何も解決しやしないんだけど。

(ほん、とは、ソラとあんまり、離れてた、くないん、だけ、ど。)

ソラはいつ消えるかわかんないから。

その時までなるべく傍にいたいと思うのは、あたしのわがままなんだろう。

ソラはあたしが生まれた時にできた「怪」だ。同時に生まれたのに、半永久的に生きるあたしと違ってソラの命はどれくらいなのかわからない。

もしかしたらあたしと同じくらい生きるのかもしれないし、今この瞬間ソラは消えてしまったかもしれない。

ソラがそのことをどう思っているなかは知らない。わかんないけど、ただソラはもう少し自分の人生を大切にして欲しいと勝手に思う。

なんか投げやりで、不安になる。「怪」はみんなそんな雰囲気がするんだけど、ソラは見てて痛々しいくらいに投げやりだ。

(全部全部、あたしのわがままだけど。)

独善的で、偽善的で、おしつけがましい。

神様のくせに自分の浅ましさが嫌になる。嫌になる自分が一番嫌になる。

(神様失格。)

公平で、完全無欠。それが神様のあるべき姿なはずなのに。

ソラは「ハナは優しいから。」と言ってくれるけど、そんなことない。

あたしは、あたしは、優しい神様に、なりたい。

ソラのように、なりたい、なぁ。

 

 

「・・・あ。」

変な考え事をしていたら通り過ぎそうになってしまった。

「ここ、か。」

相変わらず厳重な結界。

「どう、しようも、ない、ん、だよなぁ。」

あたしの力であのすみれという女の子とソラを会わせてあげたいけど。あたしにはそんな力はない。

花を咲かせることしか、できない。

「もしかして、お花の神様ですか?」

うわ、いきなり不意打ちとかびっくりした。

「だ、れ・・・?」

一日で二回もあたしの声が聞こえる人に会うなんてなんたる奇跡。

「僕はつばめです。一応、ここの当主を任されてます。昼は、すみれがどうも。」

「当主、さん・・・。」

なんか、すごい力が強いとか噂の人か。会ったことはなかったけど、良い人だというのは話に聞いてる。鳥の神様が喜んでた。

「すみれが、話してました。すごく良い神様だったって。」

「そんな、こ、と、ないです。あたしなん、て、まだまだ・・・。」

「神様が自分のことまだまだとか言わないでください。僕達は、神様のために生きているんですから。まだまだ、なんて言われると、正直傷つきます。」

「それ、は・・・ごめん、なさ、い。」

ごもっともだ。自分のことまだまだなんて自分に仕えてくれてる人たちの前で言うなんてさすがに失礼だった。

「いえ。こちらこそごめんなさい。失礼でしたよね。」

「いやいや・・・!今のは、あたし、が、悪い、です。本当に、ごめん、なさい。」

「あの、神様にそんなに謝られるとこっちが困ります・・・。」

「あ・・・。えと、じゃあ、ありがとう、ござい、ます・・・?」

これも変か。

「・・・本当に優しい神様なんですね。」

「そんな・・・。あ、ありがとう、ござ、い、ます。」

だから褒められるとどうして良いのかわかんなくなる。

この人の方がずっと、優しい気がする。なんかすごく、優しくて、寂しい、人。

「好きになりそうです。」

「へ?」

は?

「・・・ごめんなさい。神様に失礼ですよね。申し訳ありません、忘れてください。」

ごめんなさい、忘れられるわけない。

「ただ、ただ・・・むしょうに、好き、だなぁ、って、思っちゃって。口にするつもりは、なかったんですけど。ご、ごめんなさい。」

そんなふうに照れたりしないで。

「本当なんか、わかんないんですけど、好きだなぁ、って。あ、忘れてくださいとか言ったあとに、何言ってんだ俺。」

焦って一人称が俺になったりしないで。

そんなに、好きって言わないで。

「ごめんなさい。」

そんな照れくさそうに、泣きそうに、苦しそうに、ごめんなさい、なんて言わないで。

会ったばかりだけど。会ったばかりなのに。どうして。

好きに、なっちゃうから。

ううん、好きになっちゃった、から。

お願い、これ以上好きにさせないで下さい。

 

 

 

 

「ソラ、恋って、苦し、い、ね。」

「うわ、ハナが珍しく中学生みたいなこと言ってる。何、恋しちゃったの?」

「・・・うん。」

「へー。」

「驚かない、の?」

「うん。驚かないよ。ハナ惚れっぽそうだし。」

「そん、なことは、ない、よ。」

「うん。まぁそんなことはないけどね。でもよかったー。誰?僕の知ってる人?」

「んー・・・?」

「びみょーに知ってる人ってこと?」

「んー・・・。・・・すみれちゃんの、お家、の、ご当主さん。」

「へ?」

ちょっと待って。

「てことはさ、会えないって、こと、だよね・・・?」

当主なんて力が強いに決まってる。そんで、力が強いってことは体が弱いわけで、消えちゃうわけで。

「ご当主さんは、ね、力が強すぎて、ある、程度までなら、外に、出る、と、か、神様と話す、とか、できる、らし、い、よ。でもやっぱり、消耗と、か、激しいから、本当に、滅多、に、しない、らしいけど。だ、からまぁ、一緒にいるってい、うのは、無理、だと、思う。」

「・・・それじゃ、意味ないよ。」

これで僕が消えてもハナは寂しくならないって安心したのに。

そんなんじゃ意味ないよ。

一緒にいられないんだったら、ハナは、寂しい、じゃないか。

一緒にいたら消えちゃうなんて、ハナがもっと寂しくなるだけじゃないか。

僕が言えたことじゃないけど、ハナにはずっと一緒にいられる人を・・・好きになって欲しかった。

ごめんね、ハナ。僕は、ハナに幸せになってほしいんだ。

「でも、ソラ。恋って、苦し、いけど、幸せ、だね。」

「へ?」

「だって、ソラ、も、すみれちゃんを、好き、で、今、幸せ、でしょ?」

「あ・・・。」

それは否定なんてできなくて。

「すみれちゃ、ん、に、出会えて、幸せ、でしょ?正直、苦しい、ばっかの恋、だけど、さ、すみれちゃんと、出会わ、なければ、よかった、なんて、思わない、でしょ?」

どうして。だから、だから。ねぇ、ハナ。やっぱり君は。

優しすぎる。

 

 

 

 

 

___そうして、三年が経った。

何もないまま、嘘みたいに幸せな時間で。

僕はいつ消えるかなんてわかんなかったけど、ハナと散歩して、すみれと何気ないお喋りを壁越しにして、つばめさんとも時々お喋りしたりして。

すみれに会いたくて触れたくて顔が見たくて。すみれのことが好きで好きで好きで。

だけど、たとえ壁越しでも、僕はすみれと一緒にいられて、幸せだったんだ。

 

なのに。

 

山がうるさい。

山が、山が、山が、

燃えてる。

「なんで・・・。」

「どっかの、おうち、が、火事になっちゃったん、だろうね。今日は、空気が、乾燥して、るから、」

多分この山は全部燃えちゃう。

そういったハナの声が、遠かった。

「・・・!すみれ、すみれの家は!?」

「もう、火が、まわってる。」

あぁ、ハナが泣きそうだ。泣かないで。僕はハナの涙に弱いんだから。

ねぇ、どうして。この山に、いっぱいいるはずの神様。

僕はすみれが生きていてくれればそれで良いのに。

なんで、

「すみれのとこ、行ってくる。」

「・・・!ソラ、消えちゃう、よ。」

「いいよ、僕は、僕は。いつ消えるかわかんない命たったら、すみれを助けて消えたいから。」

「多分、すみれちゃ、んも消える、よ。それでも、いい、の?」

「うん。だって僕は、ただ、すみれに一秒でも長く生きて欲しいから。・・・いや、ううん。そういんじゃなくて、ただの僕のわがまま。すみれが死ぬなら、僕の隣で、死んで欲しい。」

「・・・うん。わかった。いってらっ、しゃい、ソラ。あた、しは正直結界の、ないあのお屋敷、に近づいたら、ほとんどの人、一気に消しちゃうから、一緒、に、行けないけど。」

「・・・うん。」

本当は、ハナもつばめさんに会いたいはずだけど。ハナは神様だから。

ごめん、ハナ。僕は今すごく自分が力が弱い「怪」なことに、「神様」じゃないことに、感謝してる。

生まれて初めて、「怪」なことに、感謝してる。

大嫌いな自分を、いつ死んでも良いと思ってた自分を、少し好きになれたくらい。

「余裕が、あった、らで、いい、けど、多分、ない、と思うけ、ど。もし、つばめ、に会ったら、”好きだよ”って伝えて、くれる?・・・まだ、言ってなかった、か、ら。」

「わかった。でもごめん、多分無理。」

「わかって、る。別に、良い、よ。・・・それじゃ、ソラ、ばいばい。あと、」

またね。

 

 

 

 

「すみれー!すみれー!いる?」

やっべ、正直このお屋敷の敷地内に入っただけで体が薄れてきた。

幽霊みたいになっちゃってるけど。

「ソラ・・・?」

「すみれ!?」

「ソラ、だ。なんで?・・・ソラ、幽霊みたいになっちゃってるよ。」

「すみれも幽霊みたいになっちゃってるよ。」

「あははー。お屋敷が崩れかけて結界が弱まってきてるからかな?・・・でも、いいや、消える前に、ソラに会えたから。ソラって、こんな顔してたんだね。なんか予想通りすぎてつまんない。」

「辛辣だなぁ。でも、すみれも予想通りすぎてつまんないよ。」

「ねぇ、ソラ。」

「何?」

「好きだよ。」

「うん。僕も好き。」

「ねぇ、抱きついて良い?」

「うん。」

勢いよく胸に飛び込んでくる。消えかけだけど、あったかい。

・・・好き、だなぁ。

「ソラ、ソラ、ソラ。」

「何?」

「好き。」

「うん。僕も。」

「ソラ、あったかい。」

「”怪”だからそんなことないと思うんだけどなぁ。」

「でもあったかい。」

「すみれもあったかい。」

「ソラ、好き。」

「何回言うのさ・・・。・・・うん、僕も。」

「好き。好き。好き。好き。好き。大好き。」

「僕も。好き。」

「ねぇ、ソラ。また、会おうね。」

「もちろん。」

もう、ほとんど消えちゃってるんだけど。

だけど、僕らは、

幸せ、で。

「「ばいばい。またね。」」

大好きな人。また会おう。

 

 

 

 

「もう、燃えちゃっ、た、なぁ・・・。」

山が、もう、まる焦げで。焼け野原。

「・・・すみれ、ちゃん。」

優しいあの子も、

「ソラ・・・。」

優しいあの人も、

「つばめ・・・!!!」

大好きなあの人も。

みんなみんな、あたしを置いて行っちゃった。

どうして、どうして、なんで、

「なんで、あた、しは、神様、なんだ、ろう・・・。」

神様がこんなこと言っちゃいけない。

神様は公平で、完全無欠で、

そんなの、そんなの、

「もう、やだぁ・・・!!」

大切な人を救うこともできないくせに。

何が神様。

「・・・だから、神様がもうやだ、なんて言わないでよ。」

「・・・!?」

なんで、消えた、はずじゃ。

「あははー。もう半透明だけどね。幽霊みたいだなぁ。あ、本当に幽霊になれたらずっとハナといられるのかな?」

「つばめ・・・!」

「やっと、ハナを抱きしめられる。」

「だ、だめだよ!今、あた、しに、触ったら、消えちゃ、う!」

だってあたしは神様だから。

「どうせ死ぬんだったら、好きな人を抱きしめて死にたいんだけど。神様はこの願いを叶えてくれないかな?」

ここまで来られたのもギリギリなんだよねー。とか、笑わないでよ。

「つばめ!!」

「ははは・・・。やっと、ハナに・・・触れた。」

「つばめ、つばめ、つばめ!」

「ハナは神様なんだから、できることがあるでしょ?」

「へ・・・?」

「お花。咲かせられるんでしょ?いっぱい燃えちゃったんだから。いっぱい咲かせないと。」

なんで、こんな時まで優しいの。

「ははは、ハナ、ばいばい。またね。」

「つばめ・・・!」

つばめはそういって、あたしの腕の中で、消えた。

「つばめ・・・。」

好きだよ。

 

 

 

 

 

ごめんなさい。

やっぱり、あたしはまだ未熟な神様で。

でもあたしは

生まれてきて、よかったです。

皆と出会えて皆と時間を過ごせて。

儚かったけど、幸せでした。幸せ、です。

あたしは、神様でよかった。

あたしにできることは少なくて。

でも、あたしは「花を咲かせられる」から。

神様なあたしには、それができるから。

だから、この山を火事があったことを忘れてしまうくらいに綺麗なお花でいっぱいにしたいです。

・・・またね。みんな。

みんなのことが大好きです。

でも、暫くの間、さよなら。

 

これからもあたしは頑張って生きていきます。

生きたい、です。

 

ありがとう。

愛してる。

 

 

 

 

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