明日、多分、君を。 SIDE:K
坂井柚子は天才だ。
本当に「天つ才」を持っている。
だから、なんだろう。
気付いたら俺からは随分と遠い所にいて。
俺からは見えないくらい遠い所にいっちまっていて。
俺からは見えないところで柚子は歪んでいってしまってた。
俺は柚子が見えなくて、その時、俺は
涙を拭ってやることだって出来なかったんだ。
・・・しなかったんだ。
柚子は完璧に忘れているみたいだが俺は一応柚子の幼なじみだった。
柚子の視界には俺なんか入っていない。
アウトオブ眼中。
柚子には“涼香”しか見えちゃいないんだから。
天才が創りだした、最高のアンドロイド。
最高に人間に近くて、最高に理想的で、最高の技術と才能をもって創られた、最高に人間じゃないアンドロイド。
“涼香”は柚子の全てで、柚子の理想で、柚子は“涼香”さえいれば生きていける。
柚子が“涼香”を創ったことで生まれた最高の技術が発展させた会社、国、そしてその技術で救われた人々は、きっと、“あのこ”に感謝感激雨あられなんだろう。俺だって“あのこ”の技術のおかげで母親の治療が成功した。俺だって、感謝はしてる。
でも、好きかどうかは別なんだ。
(柚子の視界に入れないからって“涼香”を恨むのは、なぁ。)
多分、逆恨み。お門違いだ。
涙を拭ってやることすらしなかった俺が、柚子を笑わせた“あのこ”を恨むなんて。
なんて自分勝手。
(・・・でもさぁ、柚子。お前は“涼香”の前じゃ泣けやしないんだろ?)
完璧なアンドロイドの隣で笑うのは完璧な発明者。
柚子の柚子による柚子の為の完璧な創りだされた毎日。
(・・・そんな世界にゃあ、涙はいらないわな。)
涙なんてものは、完璧な世界を壊すだけの邪魔者だ。完璧な幸せの中には涙を流す人なんているわけないんだから。
(・・・本当に幸せなんだかなんなんだか。)
こんなことをぐちぐち思ってしまっている時点で、ただの逆恨みかもしれない。
(だっせぇの。)
俺が柚子の泣ける場所になりたいなんて
なんておこがましい。
俺には柚子の傍にいることだって許されちゃいないんだ。
“涼香”には本当に人間らしさってもんがない。
当たり前のことだけど。
小さい頃から柚子の周りには悪意を持ったやつか、柚子を利用して甘い汁吸おうなんて考えてる媚び売り野郎しかいなかった。
だから柚子には“優しい人間”が想像出来ない。
知らないから。優しい人間を。
自分を歪ませるような、壊すような奴らしか知らないから。
知らないもんは創れない。
(・・・痛々しいっつーの。)
・・・柚子が“涼香”に笑いかけるたびに、嫌になる。
笑っては、欲しかった。でも、でも
(あんな笑顔が見たいわけじゃねぇんだよなぁ。)
そんなこと思っても。
俺には傍にいさせてもらうことだって出来ない。
(使えねー。)
「バグ?あー、とうとう。」
あぁ、来て欲しくない日が来ちまった。
なんだかんだいって俺だって“涼香”が柚子を笑わせてくれるこの日々に甘えてたから、正直、キツい。
「とうとうって何。まさか、須川さんが仕掛けたの!?」
「落ち着けって。常識的に考えて天才坂井柚子の最高傑作に一介の配達屋がバグ仕掛けられるわけねーだろ。」
ばちが、あたっただけなんだ。
甘えて、柚子の歪みにも気付いてたのに、笑ってくれるならいいやって目を逸らし続けてたから。
『・・・まぁ、あれだよね。歪んでる事に気付いててもそれをどうしようともしなかったら結局気付いてないのと同じだよねって話。』
自分の言葉が自分を刺す。
・・・はは。笑えねぇなぁ。
「じゃあ、何でとうとうって・・・。」
「柚子さんだって本当は気付いてたんだろ?目逸らしてただけで。最近の抜け毛やら部品の欠けの頻度は明らかに増えてる。」
一番目を逸らしてたのは俺だけど。
「・・・。」
「限界なんだろ。涼香ちゃんは機械なんだ。しかも、あそこまでの精密機械。いくら柚子さんが天才でもガタが来るのは人間より早い筈なんだよ。まぁ、ちっと予想外に早すぎたけどな。・・・あー、うん。・・・涼香ちゃんはもう諦めな。」
柚子の顔が、歪んでいく。
「・・・!諦められるわけない!涼香の代わりなんていない!涼香は私の全てなの!」
「柚子さんいい加減認めろ。いくら柚子さんが涼香ちゃんに愛情を注ごうが、涼香ちゃんは何も思わねぇんだよ。涼香ちゃんには・・・心がないんだから。涼香ちゃんは機械だ。柚子さんの作品だ。・・・友達じゃない。」
何を、俺が、えらそうに。
「まぁ、良いよ。涼香ちゃんが壊れるまでの間、せいぜい幸せに暮らしな。」
・・・ごめんな、柚子。
俺にはお前を救うことなんて、できやしなかった。
「柚子ー、柚子さーん。」
“涼香”を失った柚子の荒れようはすごかった。
何も聞かない、何も喋らない。
時々涼香、とうつろに呼んでふふふと笑う。
そんで、泣く。
「柚子さんやー、んな態度だったら“涼香”も悲しむぞー。」
“涼香”の名前を出してみた。
あ、こっち向いた。
・・・え?なに、すげぇな、“涼香”。
(死んでからも、“涼香”しか見えてないっていう。)
そういう話、か。
「悲しむわけ、ないじゃん」
「え?」
「悲しむわけっ、ない、じゃん!!!」
「おい、ちょっと待て、柚子さん。」
「涼香はロボットで、感情なんかなくて!悲しんでくれたら、よかったのに!!涼香は悲しめないよ!だって、だってっ。」
私がそういう風にプログラミングしたんだから。
・・・おい、マジかよ。
「柚子さん、それ気付いてて・・・。」
「気付いてるよ!でもっ、私には涼香しかいないの!それでもいいっ。涼香が私を見てなくても、私には涼香がいればいいのに!!!」
涼香。
そう呟いて、柚子は倒れた。
「栄養失調、ですねぇ。」
そりゃ、そうか。“涼香”がいなくなってから、柚子はほとんど食べてないんだから。
「無理やりにでも、食べさせた方がいいですよ。」
「・・・はい。」
それで、柚子は幸せなのかな。
いっそ、死んだ方が、
(・・・何言ってんだ、俺。)
笑わせるんだ。俺は。
柚子を笑わせるんだ。
そう、決めたのに。
「・・・ねぇ。」
「んー?」
「涼香・・・。」
「・・・ん。とりあえず、帰ろう。」
「涼香・・・。」
「帰ろう。」
帰って、食べさせて。
そんで、いつかまた、笑える日まで俺は待つから。
一緒に、帰ろう。
そういって、俺は、柚子を抱きしめた。
(・・・はは、なんて、空っぽ。)
・・・それでも、好きだよ、柚子。