明日、多分、君を。 SIDE:Y
「おはよう、涼香。」
「おはようございます、柚子さん。」
私と涼香だけの幸せな毎日は、おはようで始まりおやすみで終わる。
嗚呼、健康。
涼香は私、坂井柚子が作ったアンドロイドだ。心血を注いで作り出しプログラミングした、私の私による私のための愛しい友達。
涼香を作る過程で開発した技術の特許を利用して生活は賄える。だから私は一日中ただ涼香と過ごすだけという幸せな暮らしを送れる。
私は涼香がいればそれで良いし涼香は私がいなければ動けない。
それはとても幸せで
完璧な世界なんじゃないかと私は思う。
ぴんぽーん
「玄関に置いといて。」
がちゃり
「はろー久しぶり、元気?」
「玄関に置いといてって言ってるよね?」
苛つく。
この男は須川圭吾。食べ物をはじめとする生活用品や涼香の部品を届けにくるただの配達屋。ただの配達屋のくせに妙に馴れ馴れしいから私はこの男が大嫌いだ。
涼香だけと関われば良いと思っていても人は一人じゃ生きていけない。
厄介な。
「今日は、食べ物と・・・はい、涼香ちゃんの髪の毛の材料。アンドロイドも抜け毛なんてするんだねぇ。あ、もしかしたらほっといたらハゲる?」
「玄関に置いとけって何回言ったらわかる?あと涼香の名前呼ばないでよ、涼香が汚れる。」
「うわー、辛辣。折角こんなへんぴな山奥まで重い荷物えっちらおっちら運んできてるのにさ。少しは労ってよー。」
「配達屋は須川さん以外にもいっぱいいるのにわざわざ須川さんに頼んであげてるんだよ?感謝されても感謝しなきゃいけない道理はない。」
「いやー、高飛車だなぁ。ひでぇ言いよう。あーあ、これが使い捨てな現代社会の闇かー・・・。すべてに替えがあり人に感謝する事を忘れる。」
怖いねぇ、だなんて。
今関係ないし、本当にどうでも良い。でもこの野郎一つ聞き逃せない事言いやがった。
「私はすべてに替えがあるなんて思ってない。涼香の代わりなんていない。」
「おー、怖い怖い。ま、涼香ちゃんはまだ代わりが存在しうるタイプのものだと思うんだけどねぇ。涼香ちゃんは機械だし?」
「だから何?機械だろうがなんだろうが涼香の代わりなんていない。・・・本当、須川さんのそういうところが大嫌い。早く帰って。」
「へいへい、邪魔者はとっとと帰りますって。・・・まぁ、あれだよね。歪んでる事に気付いててもそれをどうしようともしなかったら結局気付いてないのと同じだよねって話。」
「うるさい馬鹿。帰れ。」
涼香以外のこの世界なんて
大嫌いだ。
『面倒な子。』
うるさい
『生まれてこなきゃ良かったのにね。』
うるさいよ
『あはは、死んだら?』
「うるさい!!!!」
消えろ
消えろ
過去なんて
全部
消えちゃえ
「・・・忘却剤とか、つくろっかなぁ・・・。」
涼香のことまで忘れちゃうからそんなことはしないけど。大体忘れたりしたらあいつらに負けたみたいじゃないか。
そんなの、絶対嫌だ。
「おはようございます、柚子さん。怖い夢を見たんですか?」
「・・・おはよう、涼香。大丈夫、涼香見たらもう忘れちゃった。」
にへら、と笑う。
今日も涼香は可愛い。
そう、涼香がいれば大丈夫。
「あの・・・そういえば、柚子さんは須川さんのことお嫌いなんですか?そうでしたら、須川さんの応対は私がしますよ?」
「へ・・・あ、あぁ。・・・涼香はそんなことしなくて良いよ。私が須川の野郎を嫌いなのは涼香に興味持ってるからだし。」
「・・・愛されて、ますね、私。」
そういって幸せそうに笑う。
そんな涼香が私大好きだ。
涼香は私の気持ちを重い、だなんて思ったりしない。私を嫌ったりしない。私を傷つけたり、しない。
だって、そういう風にプログラミングされてるから。
私は、そういう風に涼香を作ったから。
「・・・あれ?そういえば今言葉詰まらなかった?」
そんなプログラミングはしてない筈なんだけど。
「そうで、すか?」
「ほら、今。」
「あ、本当です、ね。・・・あれ?何だか今日は妙に声が出に、くい感じがします。」
機械だから風邪を引く筈はないのに。
その意味に気が付いたとき、私は顔が青ざめるのを感じた。
「バグ?あー、とうとう。」
「とうとうって何。まさか、須川さんが仕掛けたの!?」
「落ち着けって。常識的に考えて天才坂井柚子の最高傑作に一介の配達屋がバグ仕掛けられるわけねーだろ。」
・・・それはそうだ。正直涼香にバグを仕掛けられる程の技術があれば本人の否応なしに注目されないわけがない。
私は自信を持ってそう言えるくらい涼香に心血を注いだ。
「じゃあ、何でとうとうって・・・。」
「柚子さんだって本当は気付いてたんだろ?目逸らしてただけで。最近の抜け毛やら部品の欠けの頻度は明らかに増えてる。」
「・・・。」
「限界なんだろ。涼香ちゃんは機械なんだ。しかも、あそこまでの精密機械。いくら柚子さんが天才でもガタが来るのは人間より早い筈なんだよ。まぁ、ちっと予想外に早すぎたけどな。・・・あー、うん。・・・涼香ちゃんはもう諦めな。」
「・・・!諦められるわけない!涼香の代わりなんていない!涼香は私の全てなの!」
「柚子さんいい加減認めろ。いくら柚子さんが涼香ちゃんに愛情を注ごうが、涼香ちゃんは何も思わねぇんだよ。涼香ちゃんには・・・心がないんだから。涼香ちゃんは機械だ。柚子さんの作品だ。・・・友達じゃない。」
小さい頃からドラえもんに憧れてたんだ。
優しい心を持ったロボット。
漫画や本には心を持ったロボットがいっぱい出てきたのに。
現実じゃ
絶対心を持ったロボットは作れなかった。
涼香に感情はない。
涼香の言うこと、することを私は全部予想できる。
だって涼香の「人格」を作ったのは私だから。
涼香の「心」を作ったのは私だから。
涼香は私が作ったプログラムに従ってるだけの、ロボットだから。
「まぁ、良いよ。涼香ちゃんが壊れるまでの間、せいぜい幸せに暮らしな。」
そう須川さんはなんだか泣きそうに、苦しそうに言い残して去っていった。
「・・・何なの。」
須川さんが苦しむ必要なんてないのに。馬鹿な奴だと嘲笑えばいいのに。
そうやって、いつも意地悪で飄々としてて、そのくせして時々優しさが滲むから。
優しさなんていらないよ。
涼香しかいらないよ。
優しくされても泣きたくなるだけじゃないか。
だから、あの人は大嫌いなんだ。
「・・・どうした、んですか?柚子さん。泣かないで・・・?」
「涼香・・・。」
優しい優しい私の友達。
「私には涼香だけがいればいいのに・・・。」
「?はい。私も、柚子さ、んだけがいれば良いです。」
もうノイズが入り始めてるけどとても綺麗な人工音声。
完璧な女の子。
私の完璧な友達。
「涼香。」
「はい。」
「好きだよ。・・・愛してる。」
「私もです。」
優しく笑う。
本当はそんなこと思っちゃいないくせに。
涼香は優しく笑う。
「・・・愛してる。」
それから、しばらくはいつもと変わらない日々。
でも、予告された終わりは必ず来てしまうわけで。
くたり
涼香が倒れた。
「涼香・・・!涼香!!」
「柚子さん・・・?」
「涼香・・・。」
「柚子さん、泣かないでください。」
涼香。どうして最後まで優しいのさ。
あぁ、あぁ、わかってるさ。だって、私がそういう風にプログラミングしたんだから。
最後くらい、優しくなって欲しくなかった。でもやっぱり、最後まで優しいんだ。やっぱり涼香に心はないんだ。
最後に改めてこんなこと突き付けられるなんてさ。
だから、優しさなんて嫌いなんだ。
「柚子さん。」
「涼香、さよなら。」
「?さよなら。」
何でもないように優しく繰り返す。
だって、涼香はさよならという言葉の意味を知らないから。私はさよならという言葉をプログラミングしてないんだから。
「柚子さん。」
優しく私の名前を呼んで、
涼香は動かなくなった。
涼香は最後までロボットだったけど、
それでも私は、私は、
涼香が私のことなんとも思ってなくても、
例え狂ってると言われても、
私は君を愛してるから。
今までもこれからも。ずっと。
「 」