空に映るハンカチ 後編 (一)
「ねぇ、ひなた」
「・・・何?姉貴」
久しぶりに姉貴に話しかけられた。
それが、なんだか嬉しくって、でも嬉しがってる自分は恥ずかしくて、ちょっとぶっきらぼうになってしまう。
そんな僕の葛藤を、姉貴は気付くこともないけど。
「って、姉貴。何で泣いてんの」
呆れたふりをして涙をぬぐう。本当は、姉貴が泣くと僕も泣きそう。
そんな僕に、やっぱり気付くこともなく姉貴は話を続ける。
「ひなた、最近どこに行ってるの?」
「は?珍しいじゃん、姉貴が僕のこと気にするなんてさ」
僕のことなんか見えてないくせに、なんて拗ねてしまう気持ちはあるけど。
「そんなことないよ、最近帰り遅いからひなたが不良少年になっちゃったんじゃないかって心配なんだよ」
そういってなぜかクッションをぼふぼふする姉貴。心配を表現したいんだろうか。
「・・・そっか」
なんだろ、すごく嬉しい。姉貴も少しずつ元気になってきているのかな。
「だって、私、お姉ちゃんだもん」
・・・素直に、嬉しかった。
だからこそ僕はこの話を続けるんじゃなかったって後々ものすごく後悔することになる。
「や、なんかさ、近所に豪邸あんじゃん?その家の人と仲良くなって、よくティータイムとか、しちゃってんだよね」
姉貴に雪子さんの話をするのはどうも照れくさくて早口でまくしたてる。
だから、僕はこの時、姉の顔を見ていなかった。
「特に心配しなくても良いよ、って、姉貴・・・?」
ふと見た姉貴は、見たこともないくらい痛そうな顔をしていた。
「ねぇ、近所の豪邸って」
「う、うん」
「・・・永倉さん?」
今にも倒れそうな顔で、問いかける姉貴。
「え、そだけど。知ってんの?」
「そっか、そっか・・・」
「姉貴・・・?」
どうも、呼吸が苦しそうで。・・・その瞳には今にもこぼれそうなくらい涙がたまっていて。
「ねぇ、その家ってさ、旦那さん、いる・・・?」
本能的に、なぜだか、この質問に答えちゃいけないと思った。
でも、姉貴はなお問いかけ続ける。
「ねぇ、答えて、ひなた。お願い・・・」
「や、僕は会ったこと、ないけど。なかなか、帰ってこない人だって奥さんが言ってて、あ、そういえば、泡になったとかなんとか皮肉も言ってたけど、」
そう言った瞬間、姉が倒れた。
「姉貴!?」
「だ、大丈夫」
「どうみても大丈夫じゃないだろ!?無理すんなよ!」
「大丈夫だよ、ひなたには迷惑かけないよ、だって、私」
「姉貴!」
呼びかけ続けないと、なんだか姉貴はどこかに消えていなくなっちゃいそうで。
「だって、私、お姉ちゃんだもん・・・」
「そんなこと気にすんなよ!僕だってお姉ちゃんの弟だぞ!?もっと、もっとっ、頼れよ・・・!」
雪子さん。やっぱり姉貴は僕に助けを求めてくれない。
やっぱり、僕は愚図で役立たずだ。
なぁ、雪子さん・・・!
「・・・久しぶりに、お姉ちゃんって呼んでくれた」
「っ!」
必死すぎて、つい、昔の呼び名で呼んだらしい。どうも恥ずかしいけど、少し姉貴の顔色が良くなってきたみたいで、とりあえず嬉しい。
「あのねぇ、ひなくん」
昔の呼び名で僕のこと呼ぶお姉ちゃんのことが、やっぱり僕は大好きで。
「永倉さんの旦那さんをね、殺したのは私なの」
そう、姉貴が言った瞬間、本当にわけがわからなくて。
再び意識を失った姉貴を、抱き起こすこともできずに。
「え?」
何言ってんだよ、姉貴・・・?
わけが、わからなかった。