年末のお話

私、茅野朝美と、目の前でぐんでりだらりと怠けまくっている八木響子は、いわゆる”幼馴染”である。

 

「響子、みかん取ってきて」

「嫌だ」

そういうと響子はくてんと横になった。

「寝てんじゃねーよ、風邪ひくぞ」

「はいはーい、朝美は相変わらず優しいですなぁ」

「優しいからみかん取ってきてよ」

「理不尽!」

 

そうのたまいながらも響子はしぶしぶこたつから出る。

「なんだ結局取ってきてくれんのかい」

「愛しの愛しの朝美ちゃんのお願いだもんねぇ」

・・・何、コイツ。ふざけてんのか。

「冗談でもそういうのキモい」

「へーい、朝美は本当にこういう冗談嫌いだなぁ」

嫌いですよ、そりゃ。

響子の顔が見られなくて、なんだか眉をしかめながらそっぽを向いてしまう。

だって、だってさ

(・・・冗談でも頬が赤くなるから)

私は本気、響子は冗談。だから響子は簡単に「愛しの」だなんて言えちゃうんだ。

(私は愛しすぎて、ふざけてでも言えないのに)

響子が冗談でそういうこと言うたびに、心がチクチクして泣きそうになる。

・・・響子は本気じゃないから、簡単に言えるんだって。

わかってても、「愛しの」なんて言われちゃうと、照れる。

・・・もうやだ。

私、茅野朝美は、八木響子に、いわゆる”恋”をしているのである。恋する乙女、なのである。

 

 

「うわっ!ちょっと、何すんのよ、冷たいなぁ」

響子が後ろからいきなりみかんを頬に当ててきた。

冷たい。それはもう冷たい。

「・・・はぁ」

「そんな本気で溜息つかないでよ!きずつくんですけどー」

「はいはい」

「ちぇー、朝美の顔が赤いから冷ましてあげようと思ったのに」

はい、顔赤くなったのバレてたー。

・・・お前の、せいだよ。

「こたつ暑い?温度下げます?」

「いや、良い。響子寒がりでしょ」

「・・・朝美やさしー」

「・・・別に、もうそろそろ今年終わるし、最後くらい優しくしてやろうと思っただけだし」

「朝美はいっつも優しいよ、照れちゃって、愛い奴めぇ」

「愛い奴て・・・」

やばい、なんだろ。もうそろそろ年が明けるからかな。響子の何でもない仕草にも、胸が、ときめく。

「やっぱり、顔赤すぎじゃない?だいじょぶ?」

「だ、大丈夫だし!」

「熱かなぁ、新年早々風邪とか、さすがにかわいそすぎる」

おさまれ、鼓動。照れるな、自分。

標語みたいに自分に言い聞かせても駄目だ。おさまらん、鼓動。

「なんか、息も上がってきてるし!絶対やばいって」

「ちが、だいじょぶ」

照れてるだけなんて言えない。

響子の笑顔が、心配そうな表情が、可愛くて、どんどんドキドキする。

「ちょっと失礼」

「ひょあ!?」

いきなり響子が顔を近づけてきた。

「ひょあ、って・・・。熱測るだけなのに」

「馬鹿!おでこ当てて熱がわかるか!」

「熱出てるか出てないかくらいわかりますー。そんなに必死に拒まなくても良いじゃん。ちょっとショックなんですけど」

どうしよう、自分今完全に不審者。ごめん、響子。

「・・・ほんとにごめん。何でもないから」

「や、別にそんなに凹まなくても。怒ってないよーよしよし」

「よしよしとかすんな。子供じゃあるまいし」

あ、響子に頭撫でられて。さらに顔赤くなってきた。やばい、また怪しまれる。

そうだ、話を全然違う話にすればいいんだ。

「ら、来年もさ!」

「んー?」

「ずっと、このまま、二人で年越したりして、変わらずに、一緒にいられたら良いね」

何言ってんだよ私!馬鹿か!なんでこんなに青春くさいセリフ言ってんだ!

あー、もう、また照れてきた。

「・・・私はさ」

「へ?」

「変わりたいけど?」

・・・へ?

「え、私と一緒にいたくないって、」

「違うって、ただ、今のままじゃあ、ちょっとなーって思うだけで」

そう言う響子は、なんだかいつも以上にかっこよくて。遠いところを見ていて。どこかに行っちゃいそうで。寂し、くて。

「・・・響子が変わりたいなら、応援するけど」

でも、ごめん。私は、ここにいさせて。変わりたくなんて、ないの。

わかってる。ただの”友達”でしかない私達がずっと一緒にいられるわけないって。

きっと響子はいつか結婚だってしちゃう。響子可愛いし。そしたら、私は、笑って結婚式のスピーチなんかしなくちゃならないんだ。

家族席でさえない、友人席で、笑って。響子のドレス姿綺麗だねって。

”幼馴染”なんて、所詮そんなものだって、知ってる。

わかってるから、今だけは、夢くらい見させてくれてもいいのに。

「・・・ごめんね、変わりたいなんていって」

「・・・ごめん」

気付くと私は泣いていた。最悪だ、私。響子困ってる。

「だって私、もう、我慢できないから」

何、に?

ふっと顔を上げると響子の顔がものすごく近くにあった。

「ひょあ!!!!」

「また、変な声出すー・・・はは、あのね、私」

そう響子が言った瞬間、いきなり、響子の唇が、私の唇で、いや違う、そんなんじゃなくて、

(・・・キス、してる)

ごーん ごーん

TVの中から除夜の鐘の音が聞こえる。まるで結婚式の鐘みたいだな、なんて、あぁ、年明けたんだ、なんて、関係ないことを考える。

ていうか、結婚式の鐘とか、今自分の頭は相当おかしくなってるらしい。おめでたすぎる。

「・・・ごめんね」

響子はそうつぶやくと寂しそうに私の唇から離れた。

「気持ち悪いよね、ごめん。朝美がこういうの嫌いだって知ってる。・・・でも、ごめん、好き。朝美が好き。恋愛なの。・・・私もう、幼馴染じゃ、足りない。変わり、たいの。・・・ごめん」

何度もごめんと繰り返す響子。それはまるでTVの中の出来事みたいだったけど。

(・・現実)

「・・・あのね、響子」

「ごめん」

「謝らなくても、良いよ」

「・・・ごめ、」

「だって、私も、響子のこと、好きだもん。恋愛で」

「・・・は?」

そう呆ける響子の顔が、あんまりにも愛おしくて。

もう一度、私から、キスをした。

 

 

 

なんだか少女漫画みたいな年明け。年末とは、ちょっと変わった私達。

”幼馴染”の年末から、”恋人”の年明け。

・・・今年はいい年になりそうです。

 

(・・・大好き、響子)

 

 

 

 

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