君は僕の薔薇の花
あぁ、天使様。
僕は、みつけてしまったんだ。
僕の、僕の、
運命の人を。
電車でみかけた彼女。
お嬢様学校の清楚な制服に身を包んだ色白で華奢な身体。
さらさらの黒髪に、学校の馬鹿女たちとは違う理知的な瞳。
けばけばした厚化粧など知らないかのようなきめ細やかなすっぴんの肌。
その唇はいまにも美しい物語を紡ぎだしそうで。
そして・・・極め付けは、読んでる本が「枕草子」。
(彼女こそ、彼女こそが僕の隣に立つべき女性じゃないか!!)
学校の奴らのきつい香水とは比べ物にならない爽やかな石鹸の香り。
(あぁ、あぁ。僕の理想。)
こんなところに僕の薔薇の花がいたなんて。
僕の顔だけに寄ってくる頭からっぽ、脳みそとろけるチーズな馬鹿女たちが、僕は本当に大嫌いだ。
『柴田くんってぇ、超イケメンだよねぇ。』
『柴田くんみたいなカレシいたらマジ自慢だわぁ。』
『ちょっと付き合ってみない?』
『柴田くん柴たくんしばたくんしば・・・。』
以下、聞き取り不可。
何なんだ。奴らは何語を喋っているんだ。
ちょっと付き合うってなんだよ。男女交際は結婚を前提にしたものだろうが!!それ以外の男女交際なんてただの不純異性交遊じゃないか。
『じゃあ、君は僕と同じお墓に入れるかい?』
『きゃはは、柴田くんおもしろーい。』
な、に、が、だ、よ!!
そもそも、カレシじゃない、彼氏だ!「し」は上げるんじゃなくて下げて発音するものだろう!?
だから僕は、本当にあの宇宙人どもが大嫌いなんだ。
(それに比べて!!)
彼女の素晴らしいこと。
(・・・いときよらかなり。)
「あ、あの!」
惚れたからには行動あるのみ。
「僕とお付き合いを前提に結婚してください!!」
あ、間違えた。
「僕とお付き合いを前提に結婚してください!!」
な、何言ってるんだろう。この人。
「あ、ち、違います!!僕と結婚を前提にお付き合いしてください!!」
いや、だから何言ってんだろう。この人。そもそも誰だよ。
「あの・・・お知り合い、でしたっけ?」
「いや、今日が初対面です!!」
はぁ?
「君は僕の薔薇の花だと思うんだ!!」
「はぁ?」
「素晴らしい!!こんなところに一輪の薔薇の花が咲いていたなんて!」
何コイツ。気持ちわる・・・。
「いや、ごめんなさい。」
「何で!?」
「何でって何で!?」
OKされると思ってたの!?
「僕と付き合ったら毎日君に一輪花を捧げるよ!?」
「何その一欠けらも嬉しくないおまけ!?」
全然惹かれないんだけど。
「・・・なるほど。君は奥ゆかしいから、初対面の人といきなり付き合うなんてできないんだね。」
「いや、そういうことじゃなくて・・・。」
「うん。じゃあ、これからもっともっと僕のことを知ってもらえるように頑張るよ!!」
「えー・・・。」
ドン引き。この言葉は今使わないと駄目だと思った。
それから一カ月。私は毎日このキチガイに告白された。
「知れば知るほど君は魅力的な人だなぁ。」
「もう勝手にして・・・。」
「それは僕と交際してくれるってこと!?」
「意味わかんないです。」
「君は本当に恥ずかしがり屋だなぁ。」
「気持ちわる・・・。」
「照れてる君も素敵だなぁ。」
「・・・はぁ。」
この人はよく見るとなかなかのイケメンではあるのだ。
(残念なイケメンってこういうことか・・・。)
「それでね、昨日ウィリアム・ワーズワースの『ルーシーの歌』詩を読んだのだけれど、
『A violet by a mossy stone
Half hidden from the eye!
– Fair as a star, when only one
Is shining in the sky.
岩畳に咲いた一輪のスミレ
人の目をはばかるように
星のような清楚な姿は
ひそかな輝きを放っていた』
これはまるで君のようだよねぇ。」
発音が無駄に良いのがとてもムカつく。無駄に良い声なのがもっとムカつく。
ちょっとときめいた自分が一番ムカつく。
「・・・そのルーシーって最終的には孤独死するじゃんか。」
「おぉ、この詩を知ってるなんてさすが。学校の馬鹿女たちとはやっぱり違うなぁ。」
「・・・そういう言い方が私はすっごく嫌いだなぁ。」
「そういう君の優しさが僕はすっごく好きだなぁ。あんな馬鹿たちに同情するなんて。」
「同情違うし。・・・ほんと私は君が嫌いだよ。」
「ははは。」
・・・うっざ。ときめいた、とか。やっぱ気のせい。
気持ち悪くて、気味が悪くて、鬱陶しくて、傲慢で、世界中を見下したような態度で、
自分のこと特別だと思ってて、妙に硬派で、喋り方が古くて、顔やらなんやらのステータスだけが無駄に良い。
私の嫌いな条件をあますことなく満たしているようなそんな男。
そんな男好きになるはずは多分過去にも未来にも、ないと思ってたのに。
今だって、思いたいのに。
「ねぇねぇ、何読んでるんだい。」
「うるさいですー。」
「なるほど、読書中はその世界にひたりたいから話しかけて欲しくないと。さすがだなぁ。」
・・・うるさいですー。
(あーあ、読んでるのがライトノベルだなんて絶対言えない。)
もう、正直自分でも気付き始めてしまっていて。
(・・・私、この人のこと、好きなんだなぁ。)
変に冷静に考えてみたりしちゃって。
こういう時は認めてしまう方が楽な気がしたんだけど、認めてもそれはそれで辛いものがある。
認めてしまったが最後、私は嘘に嘘をかさねていくはめになった。
(だって、この人が好きなのは”私”じゃなくて、”自分で美化した清純かつ理知的な理想像の私”なんだから。)
本は確かに大好きだけどこの人が嫌いそうなライトノベルもいっぱい読んでるとか、
それがバレたくないからライトノベルを読む時はわざわざブックカバーなんてしちゃったりして。
枕草子は学校の宿題で嫌々読んでただけだとか、
口が悪いところも、がさつなところとかも、全部全部。
(言えないんだもんなぁ。)
言ってしまったら嫌われる気がする。いや、絶対嫌われる。
嘘をつく、というよりも、本当のことを言わない。
そんなこの人との通学時間は苦しいような楽しいような。
泣きたいような。
「・・・ねぇ、君はどうして私のこと好きだなんて言うの?」
「きっかけは枕草子を読んでいたところ。でも、今は全ての君が好きだよ。」
やっぱり、そういうところが好きなんですね。あー、はいはい。
全ての君が好きだなんて、ひどい嘘つき。
「どこが好き?って聞いて、”全部”と答えるような男は信頼するな。」
この格言はやっぱり本当だなぁ、なんて。
痛いくらい、痛く、想った。
「・・・じゃあね。」
「また明日。」
明日も会うことが前提のこの台詞。
・・・やっぱり、
(電車の時間、変えよう。)
本当は泣きたいくらい嫌だけど。もう、傷付くのも、偽るのも、もう、
(・・・疲れちゃった。)
そう思って、私達の関係は電車の時間を変えたくらいで消えちゃうような、おぼろげな関係だなんて、
いまさら気付いた。
あ、あれ、あれれれれれ?
なんだか、熱いものが顔を濡らしましたよ?
雨、かなぁ。
雨、だよねぇ。
(ひどい、嘘つき。)
私はあの人の名前すら知らない。あの人、としか呼べない。
あの人の方が先に乗ってるから、最寄駅だって知らない。
なんにも、なんにも、知らない。
自転車をやんわり漕いで家に着いた時にはもう、雨で顔がびしょびしょのぐちゃぐちゃになっていた。
それから、私は彼と会うこともなく平和な通学時間を過ごした。
(意外と、なんでもないもんだなぁ。)
彼がいない車両はなんだかがらんとしていたけれど、懐かしくて、寂しいけれど、どこか落ち着いていて、
(・・・楽、で。)
泣いちゃうんじゃないかと思った。
彼がいない車両に乗ったら、泣いちゃうんじゃないかと思った。
(・・・予想外に、あっさり。)
自分の気持ちはすとん、と落ち着いていて。
(やっぱり、そんなに好きでもなかったのかな。)
やっぱり、今のうちに離れておいて良かったな。
もうこれ以上、好きにならないうちに。
そう思うたびに死んでしまいたいほど胸が痛むのには、見ないふりをしておいた。
かたんかたんと、あまり人のいない駅に階段を上る音が響く。
(なんだか無駄に早く着いてしまった・・・。)
電車を変えてからというもの、いまだに少し家を出るタイミングがつかめなくて少しはやめに家を出てしまう自分がいる。
そのことに気付くたびに電車を変えたことをつきつけられてちょっぴり悲しくなったり、とかはしてないと思う。多分。
(・・・・・・・・・え?)
今、の
「あぁ、やっぱり電車変えてたんだ?部活とか?何か用事あったんだったら言ってくれれば良いのに。」
そうしたら僕も電車の時間変えたのになぁ、だなんて。
ちょっと待って、なんで、この人が、ここに、
「なん、で・・・?」
「なんでって、なんで?」
あ、これはマズい。
なにこれ、目が笑ってない。
「なんでって聞きたいのは僕の方じゃない?勝手に電車の時間変えてさぁ。君が乗ってこなかった時の絶望感わかる?
別に用事とかあって電車の時間変えるのはかまわないよ?でもそしたらなんで僕に言ってくれないのかなぁ。」
ちょっと待って、この人怖、
「怖いって?仕方ないじゃん、恋しちゃったんだから。」
なんで、心読んでんだよ!
「顔に出てるよー。・・・第一さぁ、僕は君の最寄駅知ってるんだから、逃げられるわけないじゃん。」
そっか、逆に私がこの人の最寄駅を知らなくても相手は知ってて、
「何時の電車かわかんなかったから始発に乗ってずっと待ってたんだよ。この寒いなか。」
「・・・っ!馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿だよ?」
・・・もういい。少女漫画のヒロインみたいに落ち込んでた私が馬鹿みたいだ。
この人がどっかイカれてることぐらい知ってたじゃんか。
どうせ、もう会わないひとなんだから、もう、
(・・・嫌われたっていいじゃん?)
「・・・あんたほんっと馬鹿。頭のネジぶっとんでんじゃない?」
「そのネジの分は君への愛情で埋めてるから。」
「何真顔で気持ち悪いこと言ってんの。真面目に引くんだけど。」
「じゃあ、寄るよ。」
とか言ってこいつは本気で寄ってきやがった。
「・・・来ないで。」
「なんで?」
「あんたが嫌いだから。」
よし、言ってやったぜ!
そう、しおらしいことなんて私には似合わないよ。
このぐらいのテンションで私はいつだって生きてきたはずなのに、何を今更ヒロインぶってんだ。
(少女漫画のヒロインなんて私には、似合わない。)
「・・・知ってるよ?」
何を今更、みたいな顔。
・・・・・・はぁ?
「はぁ!?」
「君が僕のことを嫌いなことと僕が君に寄るのと何の関係があるんだい?」
「は」
「やっとみつけた僕の運命の人なんだ。僕の、薔薇の花なんだ。たとえ君が僕のことを嫌いだろうと何の関係もないよ。
そんな君を僕が逃がすわけ、ないじゃない?」
うっわ、こいつ真面目にイカれてるわー。
「キモい。純粋に引くんですけど。」
「だから寄るってば。」
「・・・あのさぁ、私が枕草子読んでたのって、学校の宿題で嫌々なんだけど。」
「ふぅん。だから?」
「・・・ライトノベルとかも、いっぱい読むんだけど。」
「うん。それで?」
「本当は結構口悪いしがさつだよ?」
「はは、」
知ってた。
なんて。
「・・・もういい。あんたほんと変態だわ。」
「それはどうも。」
「私のどこが好き?」
「全部。」
あぁ、天使様。やっぱり駄目だ。
私、この人のことが、本当に、本当に、
(好きみたいです。)
「私も。」
君の全部が好きだよ。
「どこが好き?って聞いて、”全部”と答えるような男は信頼するな。」
そんなの、嘘だよ。
だって、もう、全部としか言いようがないや。
「・・・え?嘘。」
「嘘じゃないよ。うん。私は君が好き。」
変に隠したりしなくても、この人は受け入れてくれたのに。
「や、や、や、」
「や?」
「やったぁぁぁぁぁ!」
「え、やったぁ!なんてガラじゃないでしょ。」
「うわぁ、本当?本当かい?」
「うん。」
「もう二度と勝手に電車の時間変えたりしない?」
「まだ根に持ってるのかいな・・・。・・・うん。」
「僕と同じお墓に入ってくれる?」
「おぉ、いきなり飛ぶねぇ。・・・うん。」
絶対なんて言えないけど、なぜだかこの人となら絶対の未来が叶う気がするから。
「・・・好きだよ。」
そこまで言って安心したみたいにほっとその言葉をつぶやいたこの人に、
「私も。」
不覚じゃなくときめきながら、そう言った。
気付いたら一本電車を逃したみたいでいつも通りの電車が来ていた。
「電車、乗ろっか?」
そうして話そう。
まずは、君の名前から。
もっともっとお互いについて知って、話して、電車の時間を変えても消えない関係を作ろう。
二人で。
ずっと、一緒に。