嘘吐きメリーさん:薔薇

すごく、寂しかっただけだったんだ。

そこには誰もいなくて。

何かがあったわけじゃ、ない。何もなかった。

何もなかった。

誰もいなかった。

それだけの話で。

苦しくてわかんなくて

でも誰もいないから誰かを憎むこともできなくて。

寂しくて辛くて

でもこれは僕がわがままなだけで僕が弱いだけで僕がおかしいだけで。

幸せなのに苦しくて悲しくて

幸せなのに。

理由なんてわかんなくて。

でも、こんな弱い僕は迷惑かけるだけだから。それがわかってるのに苦しくて。笑ってるのに苦しくて。

思春期にはよくあることだよなんてお偉い教育テレビもお偉い本だって言ってるのに。

そしたら、生まれた時から思春期な僕はやっぱりおかしいんですか?

あーあ、思春期だったらいいなぁ。だって思春期だったらいつか終わるから。

大人になったら、若かったなって、今とは違うって笑えるようになるんですよね?

だったら早く、終わって欲しいです。

苦しいです悲しいです寂しいんです。

自分はおかしくなんかないって心のどっかでは信じてるんです。

普通、ただ思春期なだけ。

なのに、弱い僕はどんどん軋んじゃって自分でもわかるくらい壊れちゃって。大人になるのを待たずに世界が怖くなってしまったんです。耐えられなくなって、耐えたくなくなってしまったんです。

ほんと、嫌になる。

 

 

 

 

 

毎日俺が帰ってきてからきっかり30分後

その電話はかかってくる。

 

プルルルル プルル

来た。

 

 

「ねぇねぇ、警察さん。僕メリーさん。人を殺しちゃったんだ。」

「俺は警察じゃねぇし質の悪い冗談はいい加減よしてくれ。あとお前男だろうが、”メリーさん”とか言ってんじゃねぇよ。」

 

 

こんな悪戯電話が。

 

「冗談じゃないのになぁ?」

「冗談じゃなかったら110番してろ。不謹慎だ。」

「・・・冗談じゃないのに。」

「いい加減にしないと切るぞ。」

「あはは、怒ったぁ。あはは、あははははははは。あははははははは。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。」

何がツボに入ったのか知らないが電話越しに甲高い声で笑い続けるのはちょっと勘弁。

笑い方が機械的で結構怖いんだが。

「ははははは、あはは、じゃあそんなに怒るなら冗談ってことにしてあげるよ。」

そんなには怒ってねぇよ。

「お前・・・笑い方怖ぇ。あと、結局認めんなら最初からそういう冗談言うのよせ。」

「失礼だなぁ。だって冗談じゃないんだか・・・・・・」

「切るぞ。」

「あはははははははは、ははは、あはははははははははははははははははははは。」

ほんと楽しそうで何よりだ。

箸が転がっても面白い年頃にしても限界だろうが。限界を知れよ。

 

 

声変わり前の、少年特有の透明感のある、聞いていて心地よい綺麗な声。声だけを考えればさぞかし素敵な美少年からかかってきた電話だと思うだろう。

男の俺にとっては電話の相手が美少年だかなんだかはどうでもいいが。

そもそもこいつは阿呆すぎるんだ。

正真正銘の阿呆で

無邪気で

狂ってて

壊れてて

頭がおかしくて

嘘吐きで

まぁまとめるとただの電波くんなのだ。

不思議くんだ。

俺はまともな奴が好きなんだ。

電波お断り。

こんな変な奴に妙に懐かれるとはツイてない。

まったく、俺は昔っから運が悪かった。そんなことはどうでもいいんだが。

 

 

 

この悪戯電話がかかってき始めたのは四週間前。どうやら犯人は隣の家に住んでる弟の友達の男子高校生らしい。

男子高校生にしては声高いよな、なんてどうでも良いこと思ったのは、どうでもいいとして。

 

「何で連絡先知ってるのかって?あぁ、連絡網連絡網。あはは、連絡網って便利だよねぇ。」

そこで妙に恍惚とした声だすな気持ち悪いぞっとする。

「きっかり30分後なのはって?壁に張りついて玄関の音聴いてるからだよ。」

タイマーできっちり測ってるんだよって。気持ち悪いぞっとする。

弟の友達なら弟に俺が帰ってきたらメールしてもらうなりなんなりしてもらえば良いのに。弟の方が帰るの早いわけだし。

「それじゃ意味ないんだよ。壁から帰ってきたっていう音を聞くのが一番楽しいんだって。」

何時間壁に耳を当てるだけをコマンド選択してんだよ。俺が早く帰ってきてもきっかり30分後にかけてくるんだこいつは。

ほんと気持ち悪いぞっとする。

 

 

弟に相手のこと聞いても

「んー・・・綺麗な子!!!」

と妙に嬉しそうな顔で言うだけだし。

それ以外は何も言わない。話が通じない。・・・弟怖ぇ。つーか、最近の男子高校生が怖ぇ。

 

 

 

「お前さ、ほんと何なんなの。俺に悪戯電話かけて何がしたいんだよ。」

「だから、あのさ、人殺しちゃったの。」

「いい加減にしろ。」

あぁ、目の前にいたら殴ってやるのに。

 

 

 

だけどまぁ、

四週間も毎日電話してたらある程度仲良くなっちゃったわけで。

つい顔が見えないから、知らない奴だから

恋愛相談なんて柄にもなくしちゃうわけで。

・・・いや、悪戯電話に恋愛相談なんてしちゃう俺が恥ずかしいのもイタい奴なのも自覚はあるからさ、言い訳させて欲しい。

この悪戯電話の主は、自分のことをメリーさんとしか言わないが、メリーさんは驚く程聞き上手なのだ。妙に舌足らずで間延びした喋り方は鬱陶しいし、男の癖に女の子みたいな喋り方するけど。

だけど、ちょうど良いタイミングに打たれるちょうど良い相槌に耳に心地よい声。

まぁ、だからって恋愛相談なんてする俺は完璧に懐柔済みだよ。ごめんなさい。

あーあ、騙されにくい人になりたいんだけどなぁ。

 

 

「今日の由里香さんは?」

由里香さんは俺の会社の同僚で俺の想い人だ。電波ではない、まともな美人である。

「どうでしたって・・・・・・いつも通り。」

「話し掛けられなかったんだ?臆病者だねぇ。あはは。」

「うるへぇ。」

「・・・なに食べてんの?」

「素うどん。」

「あ、美味しそう。」

電話しながら食べるものじゃないと思うけどねぇ?なんて。

ガムよりはマシだろ。というか、いつも夕食をちょうど用意したぐらいでかけてくるお前が悪いんだよ。とかいう、責任転嫁。すみません。

まぁ、悪戯電話に対して何を謝るっていう話なんだが。俺は元来チキンなのだ。

だから出世もできない。

 

悪戯電話と、美味しそう、なんて世間話しちゃったりして。

 

「しっかり者の美女はたいてい押しに弱いのがお約束なんだからぐいぐい押していかないと駄目だよぅ。」

「お約束で語るんじゃない。」

「お約束で語らなくても話し掛けなきゃラブロマンスも何も始まんないよー?」

正論が痛い。

「・・・でもなぁ、見てるだけでも良いし。由里香さんとどうにかなりたいとかあんまり思わないしなぁ。」

「もう、漢を見せろよー。漢字の漢と書いておとこだよぅ。」

どうでもいいやい。あとこいつ本格的に口調がオカマっぽい。

「本当に臆病者・・・・・・って、あ、30分たった。それじゃ。まった明日ぁ。」

がちゃり

切られた。

いつも一方的にいきなり、無慈悲に切られてしまう。どうもメリーさんの恋愛相談室は1日30分しか営業しないらしい。使えない恋愛相談室である。まぁ、前にそういったら

「だって時間決めなかったら電話代がちょっとばかにならないし?毎日だよ?」

どうしようもなく正論だった。

毎日かけてくんなよと言いたい気持ちは抑えた。・・・メリーさんの悪戯電話を楽しみにしている自分がいないこともないのだから。・・・悔しい。

本当に、すっかり懐柔済みだ。

 

 

 

 

「あのさぁ、弟よ。メリーさんって・・・・・・」

「なんだい、兄よ。あ、メリーさんになんか変なことしたら顔がわからなくなるくらい殴った後に、兄にセクハラされたって警察につきだすから。」

「父さんと母さんが単身赴任に行ってる今それは冤罪を証明するのが非常に難しいうえに弟にセクハラとか二度と社会復帰できないよな!?」

恐ろしい弟よ。そんなことしたら不本意すぎる恐ろしいレッテルがいくつ貼られるんだ。

「実の兄よりメリーさんが好きと。」

「うん。勿論。」

「兄泣いていいか?」

「ジョークジョーク。同じくらい好きだよ。」

「喜んでいいのか悲しんでいいのか対応に困る。」

「喜んでおけばとりあえず人生楽しいんじゃないのかな。」

じゃあ喜んどくよ。

「兄ちゃんはさ、見た目が硬派で怖いうえに根暗で騙されやすくて乗せられやすいし面倒な性格で割とヒエラルキーの下な人間なんだからさ。メリーさんに電話をかけてもらえることを喜びなよ。」

「お前兄をすげぇこきおろすなぁ・・・。つか、お前あとやっぱメリーさん好きすぎるだろ。神様なんか、メリーさんは。」

「神様じゃないよ。ただの綺麗な綺麗な男子高校生。」

うっとり。と言いたくなる声だ。

「・・・・・・・・・あのさ、俺メリーさんのこと大好きなんだよって言ってるじゃん。」

目が怖い。

「・・・メリーさんに恋してんのか。」

「そういうんじゃなくて、俺は恋と同じくらい激しいけどメリーさんが大好きなの。恋じゃないの。これが重要。・・・恋だったら、まだ幸せだったかもしれないんだけどさ。」

恋の方が幸せだったかも、なんて。本当に辛そうに、壊れた目でいうんだ。わからないのに、ドロドロだけが伝わってきて。

弟の歪みや狂いを少し、見てしまった気がした。 見ちゃいけないものを、見てしまった気がした。

「まぁ、うん。今日の素うどん美味しかったよ。」

「あ、あぁ。」

って。こういう話をしたかったわけじゃなくて。だから妹にメリーさんのことを聞いても進展がないんだ。でも、今日こそは頑張ってみたいと思う。今日こそ。

「・・・メリーさんのさ、名前だけでも教えてくれないか。」

「嫌だ。駄目。」

「メリーさんに口止めされてる?」

「・・・メリーさんはメリーさんで良いじゃん。メリーさんはメリーさんなんだよ。」

がちゃり

出ていかれた。

 

 

 

 

・・・俺は、メリーさんに会ったことがない。隣の家なのに。

そして、近所の口さがない噂。

なんとなくだけど、わかる。

メリーさんが

ひきこもりなことも。

メリーさんが、本当に壊れてることも。

事実かはわからない家庭の事情だとか。

メリーさんの、名前だとか。

でも俺が知ってるときっとメリーさんも弟も傷つくから。

だから俺は、何も知らないんだ。

 

 

 

 

「それはさー、好きなんじゃないの?」

「へ?」

「松野君がさ、その悪戯電話の子を好きになっちゃったんじゃないのって。」

「いやいや、悪戯電話の子を好きになるなんてそんなラブロマンスないですよ!!」

だって俺が好きなのは由里香さんあなたなんですから。

「えー・・・・・・。気付いてないだけでしょ。まぁでもさ、その・・・メリーさん?は絶対松野君のこと好きだと思うなぁ。」

んな馬鹿な。

というより俺はどうして好きな人にこんなこと言われなきゃならないんだよ。泣きたくなるじゃないか・・・・・・・・・別に泣きたくならないけど。

会社の昼休み。俺はなぜか由里香さんにメリーさんの話をしていた。まぁ由里香さんがいつも話している二人がちょうど休みなうえに今日に限ってお弁当を食べるのが俺と由里香さんだけだったという偶然の奇跡が起きて話していたらつい話のネタが貧困な俺がメリーさんの話をしてしまったという長い前振りがあるんだが。

「そりゃないですよー。だって会ったこともないんですよ?しかも相手男だし。」

「会ったことないって言っても、毎日話してるんでしょ?それとも松野君は顔でしか人を好きになれないの?あと、恋の前に性別は関係ありませーん。」

「そういうわけじゃなくて・・・・・・。あと、性別は関係ありますよ!」

「そういうわけじゃあるー。性別は関係ないー。第一、毎日悪戯電話をかけるなんて相当好きじゃないとできないでしょ。」

「いや、あいつはただ阿呆なだけで・・・。」

「強情だなー。いやー、しかし悪戯電話と恋かーいいねー萌えだねー。メリーさん可愛すぎて本当うあー、萌えるー。うわぁ、リアルBLとか何ソレおいしい!俺得!!」

なんか悶えてるけども。由里香さんは漫画や本の話する時もだけど時々何言ってるのかよくわからん。

いや、でも俺がメリーさんを好きもメリーさんが俺を好きもどっちもやっぱあり得ない。あり得ない。あり得ない。

・・・あり得ない?

・・・・・・あり得ない。

 

 

ぽてぽてぽて

会社の帰り道、歩きながら考える。

『松野君がさ、その悪戯電話の子を好きになっちゃったんじゃないのって。』

・・・そんなこと、あるはずない。だって俺は、由里香さんのことが好きで。

・・・好きで?

「あ、こんばんは。」

「あぁ、今晩は。」

「お久しぶりですね!出張とか行かれてたんですか?」

「ちょっとイギリスの方に。」

「イギリスかー。良いですねー。」

隣の原口さんだった。出張が多くてなかなか会えないけど優しくてよくお土産をくれる良い隣人だ。

イギリスかぁ。行ってみたいなぁ。フィッシュアンドチップスぐらいしか思考力が貧相な俺は思いつかないんだけど。

「あ、そうだ。最近翔太がお世話になってるみたいで。そのお礼を言おうと待ってたんですよ。」

「へ?翔太?」

って、もしかして。

「あ、翔太じゃなくてメリーさん、ですか。」

やっぱり。

「あぁ、いや、メリーさんにはこちらこそ色々と相談に乗ってもらって・・・。」

時々鬱陶しいけど。

「メールする度に松野さんと話したって、嬉しそうに報告してくれるんですよ。」

!?・・・マジでか。

「ちょっと、色々ある子なので・・・。松野さんに構っていただいて本当にありがたいんです。」

「色々・・・ですか。」

「・・・はい。もし、これからも翔太と関わってくれる、って仰るんでしたら。・・・少し、話を聞いてくれませんか。」

「・・・わかりました。」

・・・俺は、これからもメリーさんと、話したいから。

 

 

「翔太は両親が離婚していまして。それだけだとよくある話なんですけどねぇ・・・。」

「え、じゃあ、お父さんである原口さんが引き取った、っていうことですか?」

「あ、俺は小町の親じゃないんですよ。」

「?」

「翔太の母の弟・・・。要は、叔父さんにあたりますね。」

「え?じゃあ、ご両親は・・・?」

「それが・・・。翔太は離婚した後母に引き取られたんですけど、離婚してから二年ほど経ったときに姉は・・・あ、翔太の母が事故で死んだんです。その時翔太は6歳でした。」

「父、は?」

「翔太は運悪く母方も父方も祖父母が他界しているので父の所に引き取られる予定ではあったんです。でも父の方はもう再婚していまして。それでも父は喜んでくれて問題はなかったんですけど、再婚相手が嫌がりまして・・・。」

なんて奴だ。

「再婚相手に6歳の翔太は結構ひどい言葉を投げかけられていて。・・・結局見かねて俺が翔太を引き取ったんです。」

「それは・・・。」

まさに、何も言えない、だ。

「翔太は6歳ながらかなり悩んだみたいで、勿論他にも色々会ったとは思うんですが、それから、なんですかね。少しずつですが、翔太が壊れていってしまったんです。それでその・・・今はもう、対人恐怖症、といいますか。一年ほど前から人と顔を合わせられなくなって・・・ひきこもるようになったんです。」

「・・・。」

「だから、翔太が人と話すのは、ほんと久しぶりなんです。そんな風に翔太を変えてくれた松野さんには・・・感謝してもしきれないです。」

「・・・俺は、俺にはメリーさんを変えたりなんてできないです。自分を変えられるのは自分しかいないと思うので。」

「いやいや、そんな。」

「俺の持論です。・・・でも、でも。これからもずっとメリーさんと電話をして・・・その、メリーさんが笑ってくれて、メリーさんとお喋りできて、そんな風にできたらいいなって思うんです。俺にできることはそれだけですが・・・それだけでも、良いですか?」

「・・・本当に、ありがとうございます。」

「いや、お役に立てずに。」

「本当に、ありがとうございます。」

少し原口さんの目に涙が見えた気がしたけど多分気のせい。

「あ、イギリスでマグカップ買ってきたんですけど、よかったらどうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

やべぇ、すごいオシャレ。

 

 

あの原口さんの話を聞いた後でちゃんちゃらおかしいんだけど。

(・・・会いたい。)

メリーさんに会いたい。

どうしようもなく会いたくなってしまった。

なんかわかんねぇけど、会いたい。

会って何をするかなんてわからない。会ったところでメリーさんを傷つけるだけだってわかってる。

でも

会えば何かが変わる気がして。

「ちょっとぉ、聞いてます?」

「・・・ん、んあ。」

「あはははははははは、折角恋愛相談なんて馬鹿みたいなこと聞いてあげて真面目にアドバイスしてるのに聞いてないとか、あはははははははははははははははははははは。」

「だから笑うな、怖ぇよ。あー、ごめん。考え事してて。つーか、人の恋愛相談を馬鹿みたいなこと呼ばわりすんじゃねぇよ。本人は大真面目だ。」

「あはははははははははははははははははははは、あはははははははははははははは。」

「・・・もういい。」

「もう、話聞いてなかったくせに何逆ギレしてるんですかぁ。」

「何、今日の敬語口調めちゃくちゃウザい。」

「失礼しちゃいますねぇ。」

「・・・ウザい。」

「あはははははははは」

「・・・メリーさんさぁ、会いたいっていったらどうする?」

「メリーさんは実体ないから無理ですよぉ。」

「本気で。」

「・・・。あ、30分たっちゃった。ばいばい。」

「待っ・・・!!」

がちゃり

切られた

・・・・・・でもさ、ごめん。俺諦め悪くて有名なんだよね。はは、俺は何をこんな必死になってんだろうな。

 

 

ぴんぽーん

今おじさんいないのに・・・宅配便かなぁ。玄関に置いといてくれればいいのに。居留守使うかぁ。

ぴんぽーん

えー・・・、一回で諦めてよ・・・。

ぴんぽーん

しつこい・・・。居留守使うなって言いたいの?人と話すのやだなぁ・・・。でも、こんなにしつこいっておじさんの大事な書類かもだしなぁ。

ぴんぽーん

・・・行けばいいんでしょ、しつこいなぁ。

「・・・もしもし、どなたですか?」

なんてドアを開けた僕は本物の馬鹿だと思う。最近物騒なのに強盗とかだったらどうしようとか開けてから後悔。

そして、開けてそこにいるひとを見て、

僕は、

頭が真っ白になって

真っ黒になって

後悔どころじゃなく後悔した。

 

 

 

ドアを開けた男の子は内気そうで、全然楽しそうじゃないけど。

でもメリーさんだ。

メリーさんなんだ。

すごく、メリーさんだ。

がちゃ・・・

閉めさせない。

 

 

「はろー。ドアだと閉めさせないって出来るから良いね。痛いけど。・・・確かに弟が言う通り半端なくかっこいいなぁ。」

そんな社交辞令はいらないからドア閉めさせて。なんでドアは電話みたいに切れないの?

「・・・。」

「いきなり会いに来てごめん。」

ごめんって思うならどうして。

「・・・な、んで・・・。」

声が、震える。こんなの“メリーさん”じゃ、ない。

「意味ないけど。会えばなんか変わるかなーっていうか、どうしようもなく会いたくなっちゃって。」

僕は変わりたくなんてない。僕は会いたくなんてないよ。

“メリーさん”じゃない“翔太”なんかで君に会いたくなんてないのに。

“翔太”なんて

いらないよ。

「・・・い、」

「い?」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

現実拒絶。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!いやぁ!!!!!!!!」

いらない

こんな現実

いらない

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

喉が痛い。

でも、拒絶しないと

こんな現実

拒絶しないと

拒絶しないと拒絶しないと拒絶しないと拒絶しないと拒絶しないと拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない

何が、いらないの?

 

 

「ちょ!!!!待て!!!」

待てよ、これはヤバい。完全に相手が錯乱してる。俺はこんなつもりじゃなかったのに。…ほんとか?俺はどんなつもりでメリーさんじゃない小町に会いに来たんだ。どんな覚悟で、会いに来たんだ。

・・・・・・どんな覚悟で。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかってるよ。もう。自分がなんで会いに来たのかなんて。わかってる。

だって俺は

俺は

メリーさんが好きなんだ。

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

がちゃり

俺がドアを閉めた。

悲鳴がやみ、荒い息とともに何かぶつぶつと唱えているのが聞こえ始めた。まだ、全然錯乱状態ではあるが少し、マシになったみたいだ。

「・・・ごめん、翔太。・・・・・・ううん、メリーさん。」

好きだよ、は、呑み込む。

「・・・。」

返事は

なかった。

 

 

待っても

待っても

あの日から1週間

メリーさんからの電話はこなかった。

 

 

「・・・・・・なぁ、兄ちゃん。」

「何?」

「メリーさんに何かしたらただじゃおかないっていったよね?」

あ。

「電話、きてないよね。メリーさんにさ、何、したの?」

「・・・それは。」

「何言い淀んでるの?ねぇ、何したの?」

「・・・会おうと、した。」

ぱしん

乾いた音が響く。

「なんで・・・・・・!!!!なんでそうやって傷つけるの!?メリーさんがなんで会いたくないとか考えないの!?」

「・・・知ってるよ。原口さんから聞いた。メリーさんの名前も。」

ぱしん

また、乾いた音が響く。

「じゃあ、なんで!?俺の・・・・・・俺の・・・・・・・・・っ・・・友達に何してんだよ!!!!」

「言いたくないなら無理して友達っていうのやめろ。今の一瞬で唇切れてる。無理すんな。」

「今俺なんて関係ない!!!!!!」

ばしん

もっと乾いた音が響く。

「関係ある!!!・・・お前は、俺の弟だろ。」

「・・・。・・・じゃあ、なんて言えばいいの?俺がいくらメリーさんを好きでも、大好きでも、俺達は友達なんだよ?」

「無理に名前つけなくていいだろ。」

ぱしん

響く。

「うるさい!!兄ちゃんにはわかんない!!名前がないと・・・・・・・・・不安で、傍にいられないんだよ・・・っ。・・・・・・・・・・・・それより、兄ちゃん話逸らさないで。兄ちゃんこそ、兄ちゃんこそメリーさんの何でもないのにメリーさん傷つけないで!!!」

ぱし・・・

弟の手をつかむ

ごめんそれは聞き逃せない。

「何でもなくねぇよ!!!!好きなんだよ!!!!!!!」

「・・・・・・!!!」

「・・・あとなぁ、お前あんまり泣きながら兄ちゃん殴るなよ。んな自分傷つけんな。」

「・・・。」

「・・・俺は、メリーさんが・・・・・・翔太が、好きなんだ。」

「・・・ほんと?」

「ほんと。」

「・・・嘘じゃない?」

「嘘じゃない。」

「・・・。あはは、あはははははははは、あはははははははは、あは、は、あはぁ。」

妹が壊れた。

「そっかぁ、そっかぁ。兄ちゃんは翔太が好きなのかぁ、恋してるのかぁ、恋人になりたいのかぁ。」

「・・・いや、別に恋人になりたいわけじゃ。・・・まぁ、できればなりたいけど。」

「・・・ねぇ、兄ちゃん。」

「何?」

「俺は、翔太の、何になりたいんだろうね?」

「・・・知らねぇよ。」

「翔太が好きで好きで好きで好きで大好きで。でも、俺は翔太の恋人になりたいわけじゃないんだよ。でも、友達って言葉には傷つくの。あはは、・・・どうしよう。ねぇ、俺はどうしたら良いのかな?」

「・・・お前さ、何がきっかけでそんな翔太好きなわけ?」

「・・・兄ちゃんは気付いてないと思うんだけどね。俺翔太と中学校一緒だったんだ。で、傍にいて。・・・きっかけなんてない。気付いたら好きだった。翔太の喜ぶ話をしたくて兄ちゃんの話して。」

「ちょっ、待て。そんな前から翔太俺のこと知ってたのか。」

「・・・うん。・・・・・・兄ちゃんは、翔太の憧れの人、だったんだ、よ。会社に行く姿とかずっと見てて。」

「・・・。」

「翔太が高校来なくなっちゃった後も、兄ちゃんの話をしてたら、翔太と繋がる事ができたから。翔太の傍にいられたから。」

ごめんね、兄ちゃん利用して、なんてぽつりと言う。好きな人と他の人の話をすることでしか繋がれない、なんて。そんなのお前の気持ちはどこいっちゃうんだよ。

「やっぱり好きで、大好きで。・・・好きで。」

何度も繰り返す弟の翔太への愛は

とても屈折していて

とても歪んでいて

とても真っ直ぐだった。

「・・・愛してるんだ。・・・やっぱり、恋、だったら良かったのに。・・・俺は何なんだろ。」

恋だってドロドロしてて苦しい、なんて言えないくらい。弟は歪んだ目をしていて。

「・・・説明なんてできない。この気持ちに名前なんてない。愛、としか言えない。」

陳腐なラブソングみたいな台詞を妹は、とても真っ直ぐ

笑いながら

泣きながら

紡いだ。

「・・・ねぇ、兄ちゃん。翔太を、」

「・・・うん。」

「幸せにして下さい。」

「・・・・・・努力する。」

やっぱり臆病者な俺の言葉に弟はとても綺麗な笑顔で笑った。

 

 

ぷるる・・・ぷるるるる・・・

無機質な機械音が響く

がちゃり

「もしもしメリーさん。警察だけど。」

携帯電話を持って

俺から電話をかけて

君の嘘にのっかって

俺達の世界では君の嘘は現実だから

 

俺は君に会いに行くよ。

 

 

 

 

 

「・・・メリー、さん。」

「・・・。」

返事はない。でも切らないでくれるだけで最高だ。

「・・・この間は、ごめんな。さすがにいきなり会いに行くのは駄目だよな。」

「・・・。」

何か言おうとしてやめた音がする。

「一個、メリーさんに言いたい事が会って。」

「・・・?」

「好きだよ。」

「・・・!」

息を呑む音がする。

「・・・君のことが、好きだ。」

「・・・松野さんは、」

1週間ぶりのメリーさんの声。やっぱ好きだなぁ。というか名前知ってたんだ。って弟と同じ学校だったんだから当たり前か。

「・・・うん。」

「・・・松野さんが、好きなのは、メリーさんなの・・・?翔太なの?」

「翔太。つーか、メリーさんも含めて翔太が好き。」

俺さっきから好きとか連発してるけどかなり恥ずかしい奴だなぁ。

「・・・。」

また黙ってしまった。

待つ

待つ

待つ

「・・・翔太は、」

話し始めてくれた。

「現実の翔太は、メリーさんなんか比じゃないくらい、馬鹿みたいで阿呆で面倒なんだよ。」

「そっか。それで?」

「・・・。だから、松野さんが好きなのは、やっぱりメリーさんであって翔太じゃないと思う、よ。僕、男だし。」

話し慣れてない喋り方。不安そうに音程が揺れる。メリーさんとしてでしか、人と会話をすることなんて、出来なかったんだろうなって。

「・・・何で?」

「何で?って・・・。」

「翔太はメリーさんでメリーさんは翔太だろ。それに、恋に性別なんて関係ねぇよ。」

由香里さん、台詞借ります。

「違うよ。」

素早い否定。

「僕は、僕はっ・・・。・・・僕は本当に、人を殺したんだ。」

「?」

「僕はっ、電話をかけるたびに、僕を・・・翔太を殺した・・・!毎日毎日、僕は翔太を殺した。苦しくて苦しくて。そうじゃなきゃ、やってけない。翔太を殺してメリーさんのふりしなきゃ、僕は翔太でいられないから。」

悲痛で苦しくて切ない

メリーさんの

小町の

叫び。

「翔太を殺さないと、翔太でいられないんだよ!!!!!!!松野さんが好きなのは翔太じゃない!!翔太はそんなに強くないよ。メリーさんみたいに強くないよ。好きな人から恋愛相談されても平気に笑える程強くないよ!!!!!」

「・・・!」

「・・・だから、だから、だから・・・っ!!!!!!・・・・・・もう、嫌だ。翔太なんて、弱い僕なんて、いらない。いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない必要ないよ。」

「・・・俺の好きな人をいらない、とか言うなよ。

翔太は俺の好きな人なんだ。

俺の好きな人をもうこれ以上・・・傷つけんな。

もうこれ以上・・・泣くな。」

「・・・泣いてない。」

「・・・電話でも、声だけでもわかる。・・・ごめんな。翔太、好きだよ。愛してる。」

この気持ちが彼に届くなら

彼が笑ってくれるなら

俺は

何したって良い。

 

 

がちゃり

ドアが開いた。

 

 

「・・・翔太。」

「・・・マンションの廊下に座ってたら、風邪・・・引いちゃうじゃないですか。」

「翔太。」

翔太がいる。

翔太が

翔太が

小町が

「・・・。」

「・・・。」

電話を持ったままお互いに見つめ合う。

「・・・。電話は、切らないで下さい。」

「うん。」

地声と電話から聞こえる声が

重なる。

 

がちゃり

そうして

翔太は翔太から

電話を切った

「・・・好き、です。」

 

「・・・俺も。大好き。」

 

そういって俺が笑うと

翔太は泣きながら

笑った。

 

 

 

 

ごめんね、メリーさん。

辛いこと全部押しつけて。

僕は、笑いたかった。

傷つきたくなかった。

言い訳ばかりで生きようとしてた。

でも

僕は、今やっと本当にメリーさんになるよ。

・・・ううん。メリーさんと一緒に翔太になる。

きっと僕はまだ弱いままで生きることに疲れちゃうこともたくさんあると思うけど。

でも僕は

翔太として

ちゃんと自分として

生きたいと、思うから。

 

だから

 

さよなら、メリーさん。

大好きだよ。

 

 

僕はこれからも

生きていきます。